
定価 2,970 円(税込)
著者 菅原 有恒(スガワラ ユウコウ)
A5判上製217頁
ISBN978-4-89619-344-2
・内容紹介
百人一首を漢詩にしました。これからの日本文化の良さを海外に知って頂く糧になれば幸甚です。
・著者紹介
菅原 有恒(スガワラ ユウコウ)
菅原有恒(本名:滿)
昭和十四年(一九三九)東京生まれ。昭和三十八年(一九六三)早稲田大学理工学部卒、昭和三十五年(一九六〇)清真会に入会し、金子清超師・苔花師に師事。平成二十年(二〇〇八)二松詩文会同人に推挙され、石川忠久師に師事。
現在、詩歌自詠清真会 理事長、産経国際書展 常務理事、日中友好自詠詩書交流会 代表理事、千葉県書道協会 総務、八千代市書道会 相談役、全日本漢詩連盟 相談役、千葉県漢詩連盟 常任顧問、二松詩文会 同人・編集委員、NPO岳易館・有宵会 顧問、EYJapan書道部四照花の会 講師、富岳流日本吟詠会漢詩部 顧問、詩書易工房満山居 主人、八千代書道会 主宰。
・目次
はじめに]
[百歌選集]
一 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ 我が衣手は 露に濡れつつ (天智天皇)14
二 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山 (持統天皇)16
三 あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む (柿本人麿)18
四 田子の浦に 打出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ (山部赤人)20
五 奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき (猿丸大夫)22
六 鵲の 渡せる橋に 置く霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける (中納言家持)24
七 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも (阿倍仲麿)26
八 わが庵は 都のたつみ 鹿ぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり (喜撰法師)28
九 花の色は 移りにけりな 徒に 我が身世にふる ながめせし間に (小野小町)30
一〇 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 (蟬丸)32
一一 わたの原 八十島かけて 漕き出でぬと 人には告げよ 蛋の釣舟 (参議篁)34
一二 天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ 乙女の姿 しばし留めむ (僧正遍昭)36
一三 筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞ積りて 淵となりぬる (陽成院)38
一四 陸奥の 忍ぶもぢ摺り 誰故に 乱れ初めにし 我ならなくに (河原左大臣)40
一五 君が為 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ (光孝天皇)42
一六 立ち別れ 因幡の山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰りこむ (中納言行平)44
一七 千早ふる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは (在原業平朝臣)46
一八 住の江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ (藤原敏行朝臣)48
一九 難波潟 短き蘆の ふしの間も 逢はでこのよを 過ぐしてよとや (伊勢)50
二〇 佗びぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ (元良親王)52
二一 今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな (素性法師)54
二二 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ (文屋康秀)56
二三 月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど (大江千里)58
二四 この度は 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに (菅家)60
二五 名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで 来る由もがな (㆔条右大臣)62
二六 小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今一度の 行幸待たなむ (貞信公)64
二七 甕の原 湧きて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ (中納言兼輔)66
二八 山里は 冬ぞ淋しさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば (源宗于朝臣)68
二九 心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置き惑はせる 白菊の花 (凡河内躬恒)70
三〇 有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし (壬生忠岑)72
三一 朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪 (坂上是則)74
三二 山川に 風のかけたる 柵は 流れもあへぬ 紅葉なりけり (春道列樹)76
三三 久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ (紀友則)78
三四 誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに (藤原興風)80
三五 人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける (紀貫之)82
三六 夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ (清原深養父)84
三七 白露に 風の吹きしく 秋の野は 貫きとめぬ 玉ぞ散りける (文屋朝康)86
三八 忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな (右近)88
三九 浅茅生の 小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき (参議等)90
四〇 忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで (平兼盛)92
四一 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか (壬生忠見)94
四二 契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは (清原元輔)96
四三 逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり (権中納言敦忠)98
四四 逢ふ事の 絶えてしなくば なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし (中納言朝忠)100
四五 あはれとも いふべき人は 思ほえで 身の徒らに なりぬべきかな (謙徳公)102
四六 由良のとを 渡る舟人 かぢをたえ 行方も知らぬ 恋の道かな (曽禰好忠)104
四七 八重葎 しげれる宿の淋しきに 人こそ見えね 秋は来にけり (恵慶法師)106
四八 風をいたみ 岩打つ波の おのれのみ 砕けて物を 思ふ頃かな (源重之)108
四九 み垣守衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ 物をこそ思へ (大中臣能宣朝臣)110
五〇 君が為 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな (藤原義孝)112
五一 かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを (藤原実方朝臣)114
五二 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな (藤原道信朝臣)116
五三 嘆きつつ ひとりぬる夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る (右大将道綱母)118
五四 忘れじの 行末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな (儀同㆔司母)120
五五 滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ (大納言公任)122
五六 あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今一度の 逢ふ事もがな (和泉式部)124
五七 巡り逢ひて 見しやそれとも 分ぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな (紫式部)126
五八 有馬山 猪名の篠原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする (大弐㆔位)128
五九 やすらはで 寝なましものを 小夜更けて 傾くまでの 月を見しかな (赤染衛門)130
六〇 大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立 (小式部内侍)132
六一 古への 奈良の都の 八重桜 今日九重に 匂ひぬるかな (伊勢大輔)134
六二 夜を籠めて 鶏のそら音は はかるとも よに逢坂の 関は許さじ (清少納言)136
六三 今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふ由もがな (左京大夫道雅)138
六四 朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに 現れ渡る 瀬々の網代木 (権中納言定頼)140
六五 恨み侘び 干さぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ (相模)142
六六 諸共に あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし (前大僧正行尊)144
六七 春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ (周防内侍)146
六八 心にも あらで憂き世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな (㆔条院)148
六九 嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり (能因法師)150
七〇 淋しさに 宿を立ち出でて 眺むれば いづくも同じ 秋の夕暮 (良暹法師)152
七一 夕されば 門田の稲葉 おとづれて 芦のまろ屋に 秋風ぞ吹く (大納言経信)154
七二 音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の 濡れもこそすれ (祐子内親王家紀伊)156
七三 高砂の 尾上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ (権中納言匡房)158
七四 憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを (源俊頼朝臣)160
七五 契り置きし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり (藤原基俊)162
七六 わたの原 漕ぎ出でて見れば 久方の 雲居にまがふ 沖つ白波 (法性寺入道前関白太政大臣)164
七七 瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ (崇徳院)166
七八 淡路島 通ふ千鳥の 鳴く声に いく夜寝覚めぬ 須磨の関守 (源兼昌)168
七九 秋風に たなびく雲の 絶え間より 洩れ出づる月の 影のさやけさ (左京大夫顕輔)170
八〇 長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ (待賢門院堀河)172
八一 時鳥 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる (後徳大寺左大臣)174
八二 思ひ侘び さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり (道因法師)176
八三 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる (皇太后宮大夫俊成)178
八四 ながらへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき (藤原清輔朝臣)180
八五 夜もすがら 物思ふ頃は 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり (俊恵法師)182
八六 嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな (西行法師)184
八七 村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮 (寂蓮法師)186
八八 難波江の 芦のかりねの 一夜故 みをつくしてや 恋ひ渡るべき (皇嘉門院別当)188
八九 玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶる事の 弱りもぞする (式子内親王)190
九〇 見せばやな 雄島の蜑の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変らず (殷富門院大輔)192
九一 きりぎりす 鳴くや霜夜の 狭筵に 衣片敷き 独りかも寝む (後京極摂政前太政大臣)194
九二 我が袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね かわく間もなし (㆓条院讃岐)196
九三 世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 蜑の小舟の 綱手かなしも (鎌倉右大臣)198
九四 み吉野の 山の秋風 小夜ふけて 古里寒く 衣うつなり (参議雅経)200
九五 おほけなく 憂き世の民に おほふかな 我が立つ杣に 墨染の袖 (前大僧正慈円)202
九六 花誘ふ 嵐の庭の 雪ならで ふり行くものは 我が身なりけり (入道前太政大臣)204
九七 来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ (権中納言定家)206
九八 風そよぐ ならの小川の 夕暮は みそぎぞ夏の しるしなりける (従㆓位家隆)208
九九 人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふ故に 物思ふ身は (後鳥羽院)210
一〇〇 百敷や 古き軒端の しのぶにも なほ余りある 昔なりけり (順徳院)212
[参考文献]
[あとがき]