
定価 2,563 円(税込)
著者 高畑 常信(タカハタ ツネノブ)
四六判上製226頁
ISBN978-4-89619-802-7
・内容紹介
朱子の名著。李延平と往来して学問・人生を論じた痛切な問答集で、朱子学入門の書として古くから珍重されてきた。朱子の人間形成・朱子の青年期の学問を知る感銘深い唯一の資料である。
・著者紹介
高畑 常信(タカハタ ツネノブ)
著・文・その他
昭和16年生、昭和40年、香川大学学芸学部卒、昭和46年、広島大学大学院博士課程(申国哲学専攻)単位修得。現在、東京学芸大学名誉教授。
・目次
解説
一、李延平と朱子との出会い
二、李延平の人と思想
三、朱子の思想に与えた李延平の影響
四、『延平答問』について
本文
一、紹興二十七年の手紙(李延平六十五歳、朱子二十八歳)
(一)丁丑六月二十六日の手紙(涵養について)
二、紹興二十八年の手紙(李延平六十六歳、朱子二十九歳)
(一)戊寅七月十七日の手紙
(二)春秋伝について
(三)「父、在せばその志を観る」(学而篇)について
(四)「孟武伯、孝を問ふ」(為政篇)について
(五)「子游、孝を問ふ」(為政篇)について
(六)「吾と回と言ふこと、終日、違はざること……」(為政篇)について
(七)「子張、禄を干めんことを学ぶ」(為政篇)について
(八)戊寅冬至前二日の手紙
(九)「また以て発するに足る」(為政篇)について
(一〇)『春秋』桓公二年について
(一一)「礼の用は和を貴しとなす」(学而篇)について
(一二)「因るにその親を失なはざれば……」(学而篇)について
(一三)「詩、三百、一言以てこれを蔽はば……」(為政篇)について
(一四)「吾、十有五にして学に志す」(為政篇)について
(一五)「禘、既に灌してより往は……」(八佾篇)について
(一六)「あるひと禘の説を問ふ」(八佾篇)について
(一七)「祭るには在すがごとくす」(八佾篇)について
(一八)「上に居て寛ならず」(八佾篇)について
(一九)「参や、吾が道、一以てこれを貫く」(里仁篇)について
(二〇)十一月十三日の手紙
(二一)存養(夜気)について
三、紹興二十九年の手紙(李延平六十七歳、朱子三十歳)
(一)己卯六月二十二日の手紙
(二)己卯長至の後三日の手紙
四、紹興三十年の手紙(李延平六十八歳、朱子三十一歳)
(一)庚辰五月八日の手紙(羅予章先生の思い出)
(二)周濂溪の著書とその人物
(三)羅予章の山居の詩
(四)出処進退について
(五)羅予章の教え
(六)仁者は渾然として物と一体
(七)「助長することなかれ」(『孟子』公孫丑、上篇)について
(八)「日に月に至る」(雍也篇)について
(九)心と気と合す
(一〇)程明道の二絶句
(一一)蘇軾の『論語説』と蘇轍の『孟子解』
(一二)朱子との再会を望む
五、紹興三十一年の手紙(李延平六十九歳、朱子三十二歳)
(一)辛巳二月二十四日の手紙
(二)「性、相ひ近し。習、相ひ遠し」(陽貨篇)について
(三)「公山弗擾」「佛肸」(陽貨篇)について
(四)「予、言ふことなからんと欲す」(陽貨篇)について
(五)「殷に三仁あり」(微子篇)について
(六)周濂溪の『太極図説』
(七)辛巳上元の日の手紙
(八)辛巳五月二十六日の手紙
(九)学履、甚だ適む
(一〇)「五十にして天命を知る」(為政篇)について
(一一)辛巳中元の後、一日の手紙
(一二)辛巳十月十日の手紙
(一三)已発・未発について
(一四)近況を述べる
六、紹興三十二年の手紙(李延平七十歳、朱子三十三歳)
(一)壬午四月二十二日の手紙
(二)壬午五月十四日の手紙
(三)仁について
(四)「葉公、孔子を子路に問ふ」(述而篇)について
(五)今日の事勢
(六)壬午七月二十一日の手紙
(七)朱子の上奏文について
(八)辛巳八月七日の手紙
(九)謝上蔡の語
(一〇)再び仁について
(一一)『孟子』の養気の一章について
(一二)『中庸』の鬼神の一章について
(一三)壬午八月九日の手紙
(一四)韜晦について
(一五)十月朔日の手紙
七、隆興元年の手紙(李延平七十一歳、朱子三十四歳)
(一)癸未五月二十三日の手紙
(二)六月十四日の手紙
(三)講和について
(四)七月十三日の手紙
(五)政治はいかにあるべきか
八、劉平甫への手紙
(一)黙坐澄心
(二)静坐体究
あとがき
索引